ROIC経営による企業価値向上:予算管理・予実管理の実践的アプローチ

企業価値の向上において、ROIC(投下資本利益率)による経営管理が注目を集めています。ROICは企業が投資した資本をどれだけ効率的に活用できているかを示す指標であり、資本効率を重視する投資家からの評価も高まっています。しかし、ROICを経営の現場で活用するには、予算管理や予実管理との連動も重要です。この記事では、ROIC経営の基本的な考え方から、予算・予実管理における具体的な活用方法、そして組織への定着化まで、実務的な視点でROIC経営の実践方法を解説します。さらに、ROIC経営を推進するためのシステム活用についても触れていきます。
1 ROIC経営導入の背景と必要性
近年、日本企業を取り巻く経営環境は大きく変化しており、株主や投資家からの期待に応える経営が求められています。特に、企業価値の持続的な向上を実現するための経営指標として、ROICへの関心が高まっています。単なる利益率や資本効率だけでなく、事業活動に投じた資本がどれだけの収益を生み出しているかを測るROICは、経営の質を評価する重要な指標として定着しつつあります。ここでは、ROIC経営が注目される背景から、日本企業における実践上の課題、そして具体的な活用方法まで見ていきます。
企業価値向上への注目とROICの重要性
2023年3月の東京証券取引所からの要請により、企業価値向上と資本効率経営への関心が高まっています。特にプライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の企業がROE8%未満、PBR1倍割れという状況において、ROICは企業が投下した資本をどれだけ効率的に活用できているかを示す重要な指標として注目されています。
日本企業における資本効率経営の課題
日本企業の多くは、これまで売上高や利益額などのPL指標を重視する傾向にありました。一方、投資家は資本コストやROICなどの効率性指標や事業ポートフォリオを重視しており、この認識のギャップが課題となっています。また、ROICを導入しても、実際の経営判断での活用に至っていない状態にある企業も多く存在します。
ROE・ROAに加えてROIC採用の理由
ROEは株主資本のみを対象とし、ROAは運転資本の影響を受けやすいという課題があります。一方、ROICは有利子負債も含めた投下資本全体に対する利益率を評価し、資本提供者(株主と債権者)にとっての資本効率を測定できます。また、ROICは本業の営業利益に着目するため、企業の事業活動の実態をより正確に反映できる指標として評価されています。
7%基準の考え方と業界特性
ROICの基準値として一般的に7%以上が望ましいとされていますが、この数値は業界によって大きく異なります。例えば、自動車業界は10.6%、情報通信業界は10.5%、精密・電機・機械業界は8.4%、コンビニ業界は5.1%、百貨店業界は3.2%と、業界特性によって適正な水準は変動、また企業規模や成長段階によっても異なります。重要なのは、各業界や成長ステージの特性を考慮しながら、資本コスト(WACC)を上回るリターンを実現することです。
2 ROICによる経営管理の基本フレームワーク
ROICは企業の資本効率を測る重要な指標として知られていますが、その活用には体系的なフレームワークの理解が大切になります。単なる計算式の把握だけでなく、ROICツリーによる要素分解、事業部門別の管理体制の構築、そして投資判断への応用まで、包括的な管理の仕組みを整備していく必要があります。ここでは、ROIC経営を実践するための基本的なフレームワークと、その具体的な展開方法についてご紹介していきます。
ROIC計算の基本と実務上の留意点
ROICは税引後営業利益(NOPAT)を投下資本で割って算出します。NOPATの計算では、営業利益に税効果を考慮し、受取利息や支払利息などの金融収支は除外します。投下資本は、資金調達サイドに着目した場合、有利子負債+株主資本、また資金運用サイドに着目した場合、運転資本(売上債権+棚卸資産−仕入債務)+固定資産となります。
ROICツリーの展開と現場への落とし込み
ROICツリーは、ROICを構成する要素を階層的に分解し、各要素が企業価値にどのように貢献しているかを可視化する手法です。売上高営業利益率と投下資本回転率に分解し、さらにその先の営業活動に関連する具体的なKPIまで落とし込むことで、現場レベルでの改善活動とROICの向上を結びつけることができます。ただし、全社ベースで ROIC を見る場合は営業利益率と投下資本回転率という大きな要素に集約されますが、現場レベルではそれらを直接的に実感しづらいことがあります。そのため、実際の業務に即して在庫回転率や原価率、回収サイトなどのより具体的な指標に分解し、それらの改善を促す形で ROIC ツリーを活用するほうが、成果を上げやすいと言えます。
例えば、売上高営業利益率は売上原価率や販管費率に分けられ、それらはさらに材料費率や労務費率などの詳細な項目に展開されます。このツリー構造によって、各部門は自分たちの業務に即した具体的な改善ポイントを明確にできます。また、従業員がROICツリーに基づいて目標を設定することで、自身の行動と企業全体の資本効率向上がどのようにつながるかを把握しやすくなり、モチベーションの向上にも寄与します。さらに、部門やプロジェクトごとに労務費削減や価格管理などのKPIを設定することで、課題を個別に定義しやすくなります。最後に、定期的なモニタリングとフィードバックによって進捗を確認し、戦略や施策を柔軟に修正することで、継続的な改善が可能となります。
事業部門別ROICの設定と管理方法
事業部門別のROIC管理では、本社費用の配賦方法や共通資産の配分方法が重要になります。部門間での公平性を確保しながら、各事業の特性に応じた適切な目標値を設定することが求められます。また、事業部門ごとに ROIC を管理する際には、各事業部門で使用する投下資本額をどのように設定するかが重要なポイントとなります。月次でリアルタイムに投下資本を更新することは理想的に見えますが、実務では当該年度中は前年度末時点の投下資本残高を基準とするなど、一定のルールを設けて管理するほうが運用しやすいケースが多く見受けられます。これは、①投下資本を毎月算定・更新するための実務負担を軽減できること、②ROICが中長期的な資本効率を評価する指標であるため、過度に短期的な変動に左右されず戦略的視点を維持しやすいこと、③固定資産や負債などの要素ごとに投下資本を精緻に分解・算定することが難しいこと、といった理由によるものです。
投資判断におけるROICの活用方法
設備投資や事業投資の判断では、投資によって期待されるROICが資本コストを上回るかどうかを検討します。特に大規模な投資案件では、投資後の年度別のROIC推移を予測し、中長期的な企業価値への影響を評価することが重要です。また、既存事業についても定期的にROICを見直し、事業ポートフォリオの最適化を図っていくことが望ましいでしょう。
3 予算管理・予実管理におけるROIC活用
ROIC経営を実践する上で最も重要なのが、予算管理・予実管理プロセスへのROICの組み込みです。単にROIC目標値を設定するだけでなく、月次での進捗管理、将来予測の見直し、そして現場レベルでの具体的なKPI管理まで、一貫した管理の仕組みが求められます。ここでは、年度予算の策定から月次管理、ローリングフォーキャスト、そしてKPIツリーを活用した部門別管理まで、予算・予実管理におけるROIC活用の実践的な方法についてご紹介します。
年度予算へのROIC目標値の組み込み
年度予算にROIC目標値を組み込む際は、全社目標を事業部門ごとの特性に応じて適切に配分していきます。その際、過去の実績値、業界平均、資本コストなどを考慮しながら、達成可能性と目標としての妥当性のバランスを取ることが大切です。また、ROICツリーに基づいて、売上高利益率と投下資本回転率それぞれの目標値を設定し、具体的な行動計画に落とし込んでいきます。
月次予実管理でのROIC活用方法
月次でのROIC管理では、実績値の把握と要因分析が重要になります。特に、売上高利益率については月次での把握が比較的容易ですが、投下資本回転率については在庫や売掛金などの運転資本の変動にも注意を払う必要があります。差異が生じた際は、ROICツリーを活用して要因を分解し、具体的な改善アクションにつなげていきます。
ローリングフォーキャストとROICの連動
四半期ごとのローリングフォーキャストでは、直近の実績を踏まえてROIC予測値を更新します。特に、売上高や利益の予測値だけでなく、運転資本や設備投資計画の見直しも含めて、ROICへの影響を総合的に評価します。また、市場環境の変化や競合動向なども考慮し、必要に応じて年度目標値の修正も検討していきます。
KPIツリーによる部門別管理の実践
ROICの改善を実現するには、各部門が具体的に何に取り組むべきかを明確にする必要があります。営業部門であれば売上高や粗利率、生産部門であれば在庫回転率や設備稼働率など、部門特性に応じたKPIを設定します。これらのKPIをROICツリーと紐付けることで、日々の業務活動とROIC向上の関係性を可視化し、現場レベルでの改善活動を促進していきます。
4 ROIC経営の組織への定着化
ROIC経営を成功に導くためには、組織全体への浸透と定着が不可欠です。多くの企業では、ROICを導入しても現場レベルでの理解が進まず、単なるスローガンで終わってしまうケースが見られます。ROIC経営を組織文化として根付かせるには、経営層の強いコミットメントから、事業部門への権限委譲、現場での具体的な行動変革、そして評価制度との連動まで、段階的かつ体系的なアプローチが必要となります。ここでは、ROIC経営の組織への定着化に向けた取り組みについて解説していきます。
経営層のコミットメントと推進体制
ROIC経営の推進には、経営トップ自らが社内外に向けてROIC重視の姿勢を明確に示すことが重要です。取締役会や経営会議でのROICを軸とした議論の活性化、専門部署の設置、外部専門家の活用など、全社的な推進体制を整備します。また、定期的な進捗報告や成果共有の場を設けることで、経営層の一貫したコミットメントを組織全体に示していきます。
事業部門責任者への権限委譲と評価
事業部門責任者には、ROICの目標達成に向けた適切な権限を委譲することが大切です。特に、投資判断や人材配置、在庫管理などの重要な意思決定については、一定の範囲内で裁量を持たせます。同時に、四半期ごとの業績レビューではROICを主要な評価指標として位置づけ、責任者の当事者意識を高めていきます。
現場レベルでの指標理解と行動変革
ROICの改善には現場での具体的な行動変革が不可欠です。そのためには、ROICと日常業務との関連性を分かりやすく説明し、部門ごとの具体的な改善ポイントを明確にします。定期的な研修やワークショップの開催、成功事例の共有などを通じて、現場レベルでのROICに対する理解を深め、自発的な改善活動を促進していきます。
インセンティブ制度とROICの連動
評価・報酬制度とROICを連動させることで、組織全体のモチベーション向上を図ります。役員報酬については中長期的なROIC目標の達成度を反映させ、部門長クラスには年度のROIC目標達成度を賞与に連動させます。一般社員に対しても、ROICツリーから導かれる部門別KPIの達成度を評価に組み込むことで、全社一丸となったROIC経営の推進を図ります。
5 企業価値向上のためのROIC分析手法
ROIC経営を実践する上で、様々な角度からの分析が企業価値の向上に重要な役割を果たします。単にROICの数値を追うだけでなく、資本コストとの比較、事業ポートフォリオの最適化、競合他社との比較分析、そして非財務指標との関連性など、多面的な分析アプローチが求められています。ここでは、企業価値の持続的な向上を実現するための実践的なROIC分析手法について、具体的な事例を交えながら解説していきます。
資本コストとの比較による価値創造分析
企業が価値を創造しているかを判断するには、ROICが資本コスト(WACC)を上回っているかを確認する必要があります。ROICからWACCを差し引いたスプレッドが正の値である場合、その事業は価値を創造していると判断できます。特に日本企業では、プライム市場の約半数がROICで資本コストを上回っていない状況にあり、価値創造の観点から改善が求められています。
事業ポートフォリオ管理への活用
事業ポートフォリオの評価では、ROICと売上高成長率を軸としたマトリクスを活用します。ROICが資本コストを上回り、かつ成長性の高い事業には積極的な投資を行い、ROICが低く成長性も低い事業については、撤退や売却を検討します。ただし、事業特性や市場環境によってROICの水準は異なるため、業界平均値なども考慮した判断が必要です。
競合他社とのベンチマーク分析
ROICツリーを活用して、自社の収益構造を競合他社と比較分析することで、競争優位性の源泉や改善すべき領域を特定できます。特に、売上高利益率や投下資本回転率などの要素に分解して分析することで、具体的な改善アクションを導き出すことができます。
非財務指標との統合的活用
最近の研究では、従業員満足度や平均勤続年数、顧客満足度などの非財務指標がROICに強い影響を与えることが明らかになっています。特に人的資本に関する指標との相関関係を分析することで、持続的な企業価値向上に向けた施策の優先順位付けが可能になります。
まとめ:SactonaによるROIC経営推進のポイント
ROIC経営を効果的に推進するためには、適切なシステム基盤の整備が不可欠です。特に、予算管理・予実管理のプロセスにROICを組み込み、リアルタイムでの可視化と分析を実現することが、経営判断のスピードと質を高める上で重要となってきます。Sactonaは、このようなROIC経営の実践を支援する統合的な経営管理プラットフォームです。従来の基幹システムやBIツールでは実現が難しかった、ROICベースでの予算管理・予実管理の自動化、事業再編への柔軟な対応、そしてグローバル展開における統合管理まで、包括的なソリューションを提供します。
リアルタイムROIC管理基盤の構築
Sactonaは、多次元データベースを活用して、ROICの構成要素をリアルタイムで可視化します。事業部門やグループ会社から収集したデータを即座に統合し、ROICツリーに基づいた分析を可能とします。Microsoft ExcelやGoogle Spreadsheetをインターフェースとして活用することで、従来のビジネスプロセスを変更する必要はありません。大多数の一般ユーザーに抵抗感が少なく、早期にシステム導入・運用定着することができます。また、データの収集から分析、レポーティングまでの一連のプロセスを自動化することで、より迅速な経営判断を支援します。ROICツリーの各要素をドリルダウンして詳細分析できる機能も備えており、課題の特定と改善施策の立案をサポートします。
予実管理の自動化による効率向上
従来、各部門からの集計や分析に多大な時間を要していた予実管理業務を大幅に効率化します。特に、予算と実績の差異分析や将来予測において、ROICベースでの自動集計と分析が可能となり、より戦略的な施策立案に時間を充てることができます。月次での予実管理では、データの自動取り込みから差異分析レポートの作成まで、一連の作業を自動化することで、分析業務の質を向上させます。
事業再編に対応する柔軟な管理体制
組織改編やM&Aなどの事業構造の変化に柔軟に対応できる設計となっています。期中での組織変更や新規事業の追加、事業統合などの際も、過去データの組み替えや新しい管理体系への移行をスムーズに行うことができます。特に、事業部制からカンパニー制への移行や、持株会社体制への移行などの大規模な組織改編においても、データの継続性を保ちながら新しい管理体系に対応できます。また、シミュレーションを活用することで、事業再編後のROICへの影響を事前に分析することも可能です。
グローバル展開における統合管理
大手グローバル企業様などの当社導入事例にあるように、全世界のグループ会社を統合的に管理できる機能を備えています。各国・地域の事業拠点から収集したデータを、ROICベースで統合的に分析し、グローバルレベルでの経営判断のサポートが可能となります。多通貨対応や為替換算機能により、グローバルでの連結管理を効率的に行うことができます。また、各国の管理手法の違いにも対応し、グローバル標準での管理と各国固有の要件への対応を両立させています。クラウドベースのシステムにより、世界中どこからでもアクセス可能な環境を提供し、グローバルでの情報共有と意思決定を促進します。
ROIC経営の実践には、経営層のコミットメントから現場レベルでの行動変革まで、組織全体での取り組みが不可欠です。特に、予算管理・予実管理プロセスへのROICの組み込みは、持続的な企業価値向上を実現する上で重要な要素となります。
しかし、多くの企業では、データ収集や分析に多大な時間を要し、タイムリーな経営判断や施策立案に十分なリソースを確保できていないのが現状です。また、事業再編やグローバル展開における管理体制の整備も、大きな課題となっています。
このような課題に対して、Sactonaのような統合的な経営管理プラットフォームの活用は、ROIC経営推進の有効な解決策となります。リアルタイムでのROIC分析、予実管理の自動化、柔軟な組織体制への対応、そしてグローバルでの統合管理など、包括的な機能により、経営管理の質的向上を実現することができます。
ROIC経営は、単なる指標の管理ではなく、企業価値の持続的な向上を実現するための経営手法です。適切なシステム基盤の整備と組織全体での取り組みにより、真の企業価値創造を実現することが可能となります。